核拡散防止条約
非核保有国が核兵器を新たに保有することと、保有国が非保有国に対して核兵器を渡すことを、同時に禁止しようとする条約が核拡散防止条約。1965年7月27日から9月16日までジュネーブで開かれた国連下部機構の18力国軍縮委員会で検討されましたが、アメリカとソ連から提出された2つの条約草案が対立してまとまりませんでした。両案のおもな違いは、アメリカ案が核兵器の所有権さえ非保有国に渡すのでなければ、非保有国のある程度の核管理は認めてよいというのに対し、ソ連案は核兵器の管理権を渡してはてはならないという点にあります。これはアメリカが、多角的核戦力構想によって西ドイツにある程度の核参画を認めようとし、ソ連があくまでこれを阻止しようとしたためでした。しかし66年後半から米ソの妥協が進み、67年には米ソ間に基本的な合意ができました。68年1月、国連軍縮委員会は米ソ草案の審議を開始し3月に米ソ両国は最終提案を提出しました。米ソ案の無条件支持は8力国、残り9力国は条件を付し、審議は4月総会に移りました。条約案の問題は、核爆発の平和的利用も禁止されること、核保有国の核軍縮義務が明記されていないこと、非核保有国の核活動に対する査察が、自主制を害する恐れのあること、非核保有国の安全保障に間題があること、期限25年が長すぎること、などでした。しかし6月12日に、国連総会は95対4、棄権13でこの条約の支持決議を採択しました。発効には核兵器保有国たる著名国のすべてと残りの40力国の批准を必要とします。
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